弁護士 杉浦 恵一
今年8月の毎日新聞の報道で、建物の共用部分から社員が飛び降り自殺したことにより、その社員が在籍していた会社が、テナントの貸主から損害賠償を請求され、一部認められた判決が出された、という報道がありました。
事案の概要は、報道を見る限りでは、飛び降り自殺があったことにより、その物件に心理的瑕疵があると表示せざるを得なくなり、その結果、不動産の売値が4500万円下がったことから損害賠償請求がなされたようです。
これに対して、裁判所は、賃貸物件に入居する企業は、賃借した部分や共用部分で従業員を自殺させないように注意する義務があるということで、1000万円の損害賠償が認められたとのことです。
心理的瑕疵
一般的に、不動産を売買したり、賃貸したりする際に、その目的物内で自殺や病死などがあり、普通の人であれば嫌悪するような欠陥があることを意味します。
この件では、飛び降り自殺があったことで、普通であればそういった建物に近付きたくない、買ったり借りたりしたくない、という気持ちが生じてもおかしくありませんので、その物件に心理的瑕疵があるとは言えるのではないかと思われます。
その上で、自殺した社員が働いていた会社にその賠償責任があるかどうかですが、これには疑問もあります。
企業には、社員との関係では「安全配慮義務」があり、例えば過労で自殺してしまった場合、社員・遺族に対して賠償責任が生じることはあります。
そのため、企業には、会社の労働に関して社員を自殺させてはいけない義務が抽象的にはあるとも言えます。
しかし、借りている物件の貸主に対して、企業の従業員が自殺した場合、専有部分か共用部分かを問わず、従業員が自殺した理由も問わず、企業に責任を負わせるということに根拠はあるのか、この点には問題があるでしょう。
今回の判決のもとになった事実関係が詳細には分からないことから、判決が出るきっかけとなった重要な要因が他にあるかもしれませんが、まだ第一審判決ですので、控訴審では別の判断が出る可能性も考えられます。
そのため、今後の展開が注目されます。