弁護士 杉浦 恵一
住居などの賃貸借契約を結ぶ際に、賃貸借契約書の中に、
一定の条件の下で家財道具などの残った動産類を処分できるという条項が入っている場合があります。
賃貸借契約書に記載がありますと、賃貸借契約書に署名押印した時点で、「その家財道具など残った動産類を処分できるという条項も含めて合意した」ことにはなります。
他方で、通常は、一方的に家財道具など残った動産類を処分することは、自力救済として原則的には認められていません。
強制的に処分するのであれば、裁判所の強制執行手続によって処分することが原則です。
このように、当初の契約の時点では合意している内容に関して、家財道具など残った動産類を処分できるという条項が争われた裁判の判決が、令和3年4月5日、大阪高等裁判所で出されました。
この裁判は、大阪市内にあるNPO法人が、適格消費者団体として裁判を起こし、
一定の要件を満たせば物件を明け渡したとみなして、家財道具を処分することができる
という契約条項を争ったという裁判でした。
一般的な賃貸借契約・明け渡しの裁判では、賃貸人と賃借人が当事者となって争うことになります。
しかし、今回の裁判は、原告(訴えた側)がNPO法人(適格消費者団体)、被告(訴えられた側)が家賃保証会社であり、訴えた内容が、消費者の権利を侵害する疑いのある契約条項を、あらかじめ差し止めるように請求したという裁判ですので、一般的な裁判とはやや異なります。
報道では、一審の判決では、
法的手続きを経ずに一方的に家財道具を搬出できるなどとした条項は、違法だ
と判断したということでした。
今回の高等裁判所の判決では、家賃保証会社が借主らと結ぶ契約の中で、
①2か月以上の家賃滞納があること
②連絡が取れないこと
③長期にわたり電気、ガスなどの使用がないこと
④客観的にみて再び住宅を使用する様子がないこと
の4つの要件を満たしたときには、賃貸物件を明け渡したとみなして、家財道具を処分することができると定めた条項について、
このような状況では借主がすでに家財道具を守る意思を失っている可能性が高く、占有権が消滅していると認められる
と判断されたということです。
結果として、今回の適格消費者団体からの契約条項の差し止めに関する裁判は認められなかったようですが、報道では、「原告側が最高裁判所に上告する」ということでしたので、場合によっては、結論が変わってくるかもしれません。
今回とりあげた裁判は、賃貸人と賃借人の間の裁判ではなく、適格消費者団体と家賃保証会社との間の、事前の差し止め訴訟だったという点で、特徴があります。
これが、事前の家財道具の処分を認める契約条項がある賃貸借契約を基に、賃借人の家財道具を処分したとき、どのようになるかは、はっきりとはしません。
状況によっては、賃貸人が、賃借人の家財道具を処分した場合に、賃借人から所有権を侵害したということで、家財道具に相当する額の損害賠償請求をされる可能性もありますので、注意が必要でしょう。
ただし、このような4つの要件を満たすような場合には、連絡自体が取れないわけですから、そもそも争う賃借人が出て来ず、裁判を起こしても特に争いなくすぐに明渡を認める判決が出て終わるという可能性も考えられます。