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取締役退任後・従業員退職後の競業避止義務 ―競業避止義務を定めている場合―

弁護士 田中 優征

疑問

競業避止義務について

以前、競業避止義務についての記事において、退職後の競業避止義務についての定めがない場合について取り扱いました。

本稿では、退職後の競業避止義務についての定めがある場合について述べます。

退職後の競業避止義務の定めがある場合

以前に述べた通り、取締役の退任後や、従業員が退職した後について、法律上当然に競業避止義務を負うことはありません。

もっとも、合意や就業規則によって退職後の競業避止義務を定めることは可能です。
それでは、このような競業避止義務の定めは常に有効になるのでしょうか。

この点について、競業避止義務は、憲法上認められている基本的人権である職業選択の自由・営業の自由を制約するものですから、合意があるとしても、無制限に競業避止義務が認められるわけではなく、その内容によって、個別に有効性が判断されます。

具体的には、おおよそ以下の4つの観点から判断されると説明されています。

①使用者の利益(競業制限の目的)

使用者の保有している営業機密やノウハウ等が使用者に固有なものであり、退職者がこれらを利用して競業行為を行うことによる不利益が大きい場合には、 競業避止義務を課すことによる利益は保護に値するものと考えられやすくなります。

②退職者の従前の地位

退職者が従前に高い地位に就いていたのであれば、使用者の利益を尊重するべき立場にあるものといえるため、競業避止義務が認められやすくなる事情になります。 また、高い地位にあったのであれば、企業内の様々な情報にアクセスできたでしょうから、その意味でも重要な事情になるものと思われます。

③競業制限範囲の妥当性

前述の通り、競業避止義務は、退職者に憲法上保証されている権利を制約するものですから、競業避止義務を定める目的との関係で、妥当な方法かどうかが判断の要素になります。 具体的には、禁止される業務の内容、競業を禁止するエリア、期間等が妥当な範囲に限定されているかどうかが考慮されます。

④代償措置の有無、内容

競業避止義務は、退職者にとって生計を立てるための手段を制限するものですから、競業避止義務を課すことになる代わりに何らかの補償がなされているかどうかが判断の要素になります。主には金銭的な補償の有無(競業禁止期間中の給与相当額の支払い等)が問題になります。

もっとも、独立支援制度としてフランチャイジーとなる途が開かれていることを代償措置として考慮している裁判例(東京地裁平成20年11月18日判決〔トータルサービス事件〕)もあります。

裁判例

競業避止義務合意の有効性について、裁判例(東京地裁平成19年4月24日判決〔ヤマダ電機事件〕)を紹介します。

事案としては、やや簡略化すると、家電量販店チェーンを全国的に展開する会社である原告が、原告に従業員として勤務し、地区部長や店舗の店長を務めた被告との間で、退職するに際して、退職後1年間は同業種、競合する個人・企業・団体への転職をしない旨の誓約書を作成したものの、被告が、人材派遣会社を経由して同業他社に入社したため、競業避止義務違反を原因として損害賠償の支払いを求めたというものです。
誓約書には、違反した場合には、退職金を半額に減額するとともに直近の給与6か月分に対し、法的処置を講じられても一切意義は申立てないという内容が含まれていました。

裁判所は競業避止義務の有効性について、本稿で述べた①ないし④等を考慮して判断するという前提で、概要以下の通り判示しました。

(①②について、)被告は、原告において、複数店舗の店長を歴任したことにより、店舗における販売方法や人事管理の方法を熟知し、 母店長(店長の上位職)として複数店舗の管理に携わり、さらに、地区部長の地位に就き、営業会議に出席して原告の全社的な営業方針、経営戦略等を知ることができたと認められる。 他の家電量販店チェーンを展開する会社に就職した場合、原告は相対的に不利益を受けることが容易に予想されるから、これを未然に防ぐことを目的として、 被告のような地位にあった従業員に対して競業避止義務を課すことは不合理ではない。

(③について)転職が禁止される範囲は、原告の業務内容から、同業種とは家電量販店に限定されると解釈することができる。 退職後1年間という期間は、上記目的からすれば不相当に長いものではない。 条項について、地理的な制限がないが、原告が全国的に家電量販店チェーンを展開する会社であることからすると、禁止範囲が過度に広範であるということもない。

(④について)誓約書の提出を求められる一定の役職以上の従業員に対し、それ以外の従業員に比して高額の基本給、諸手当等を給付しているとは認められるものの、これが競業避止義務を課せられたことによる不利益を保証するに足りるものあるかどうかについては、十分な立証があるとはいい難い。しかし、代償措置に不十分なところがあるとしても、この点は違反があった場合の損害額の算定にあたり考慮することができるから、このことをもって競業避止条項の有効性がうしなわれることはない。

(その他の事情について)誓約書の提出に強制的な面があることは否定しえないとしても、原告側に提出を求める正当な理由があることから、直ちに公序良俗に反すると見ることはそうとうでない。 被告は誓約書の内容を理解したうえでその作成に応じたと認められるから、自由意志が抑圧されていたわけではない。
被告は、本件競業避止条項に違反する状態が生ずることを認識しながら誓約書を作成し、退職の翌日に派遣社員という形を装って他者の関連会社で働き始めたのであるから、 被告は競業避止条項違反につき何ら責めを負わないと解することは相当でない。

以上のように判断して、競業避止条項は有効であると判断したうえで、退職金の半額分の損害賠償請求は認めたものの、給与については、1か月分相当額の限度で損害賠償請求を認めました。

終わりに

上記裁判例は、退職者の従前の役職から、退職者が企業にとって重要な情報を有しており、同業他社に就職してしまうと、当該他社が退職者の有する情報によって利益を得る反面、 企業が不利益を負ってしまうものとして競業避止義務を課すことに合理性を認めています。
そして、競業避止義務を課す範囲について個別の事情を考慮したうえで、代償措置も踏まえて有効性を判断しています。

一般的な感覚からすれば、退職後に競業行為を行うことは不誠実ですし、競業禁止について明確に合意しているのであるから、その合意は常に効力を有するものと考えてしまうかもしれません。
しかし、上記で見た通り、裁判所は、競業禁止の合意について、個別の事情を考慮して有効性を判断しています。

このような点を踏まえると、競業避止義務についての合意をする場合には、競業避止義務を課さないとすれば、企業側にどのような不利益が生じるかを検討し、 その不利益が生じることを防ぐために合意をするという前提を整理しておく必要があるでしょう。
そして、その不利益を防ぐためには、競業をどのような内容で、どのようなエリアで、どのような期間禁止するのが妥当といえるか、 そして、退職以前の待遇や退職金の金額など、競業を制限することと引き換えに何らかの手当をしているかどうかも踏まえて検討する必要があります。

例えば、上記裁判例では、競業禁止エリアの限定がないことは不相当ではないと判断していますが、それは原告が全国展開する家電量販店チェーンを経営する会社であるからと考えられます。 通常の企業であれば、全国での競業を禁止することは過度な制約であると判断されるリスクがあります。
このように、個別の検討なく、範囲について特段の限定をすることなく合意をしてしまうと、競業避止合意の有効性自体に影響を及ぼしかねませんので注意が必要です。

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