VOL.131 2023/10/16 【ステルスマーケティング(ステマ)規制について】VOL.132 2023/11/1 【雇い止め条項/更新上限条項について】
競業避止義務とは、企業の事業と競合するような事業を行ってはならない義務のことをいいます。
法律上の規定としては、株式会社の取締役には、株主総会の承認を受けなければ、自己または第三者のために、会社の事業の部類に属する取引を行うことができない旨の規定(会社法356条1項1号)があります。
この場合の事業の部類に属する取引とは、株式会社が実際に事業の目的として行っている取引を基準として判断されるものと理解されています。
また、会社に使用されている者(従業員)については、明文化はされていないものの、一般に労働契約中は、労働契約における付随的な義務として、競業避止義務を負っているものと理解されています。
なお、会社によっては、就業規則や、労働契約の内容として、従業員に競業避止義務を課している場合もあります。
それでは、取締役を退任した後や、従業員が退職した後についても、競業避止義務を負うのでしょうか。
そもそも、日本では、基本的人権として、職業選択の自由、営業の自由(憲法22条1項)が保障されています。退職後当然に競業避止義務が課されることになると、これらの自由が制約されることになるため、妥当とはいえません(なお、憲法は、会社と取締役・従業員との関係に直接適用されるわけではありませんが、公共の福祉の観点から、憲法上の権利を侵害することが公序良俗違反として許されない場合があります。)。
したがって、競業避止義務の合意等がない場合には、原則として競業避止義務を負わないものとされています。
もっとも、競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様による場合には、競業避止義務についての定めがない場合であっても、例外的に不法行為を構成し、損害賠償義務を負う場合があります。
この点について、最高裁平成22年3月25日判決(民集64巻2号562頁)を紹介します。
事案としては、産業用ロボットの設計及び製造、金属工作機械部分品の製造等を業とする会社(原告)を退職した従業員が、同社と同一の業務を営む会社において、原告において従事していた作業と同一の技能及びノウハウを必要とする事業に従事しており、その受注先は、主として原告が従前受注していた業者であったというものです。
この事件は控訴及び上告をされていますが、控訴裁判所は、雇用契約終了後においても、当然に競業避止義務を負うものではないが、元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合等は、不法行為を構成することがあるとしたうえで、
被告が在職中に得た顧客情報を利用し、そのことが原告に気づかれないように工作を施していたり、原告の窮状に乗じて売り上げを奪ったり等をして原告に大きな営業損を生じさせ、被告の会社のほぼ全営業を控訴人の従前からの顧客に依存させるような結果を招来したものであり、もはや社会通念上自由競争の範囲を逸脱した行為であると評価せざるを得ないと判示して損害賠償請求を認容しました(名古屋高裁平成21年3月25日判決)。
これに対し、上告審では、控訴審の一般論は否定しなかったものの、被告が不当な方法で営業活動を行ったものとは認められず、原告と取引先の自由な取引が被告の行為によって阻害されたという事情はうかがわれず、被告が退職直後に原告の営業が弱体化した状況を殊更利用したとは言い難い等と認定して原告の請求を棄却しました。
高裁と最高裁の判断が分かれたのは、事実認定において、被告のとった行動が自由競争の範囲を逸脱するほどの違法性があるかどうかについての評価が分かれたためだと思われます。最高裁は、認定された事実では、被告が工作行為をしたことや、原告の窮状を利用したとは認定できないとしたうえで、自由競争の範囲を超えたものではないと判断しています。
反対に言えば、元従業員が前職場と同内容の業務を行い、前職場の取引先が新しい会社の売り上げの8割から9割を占めるようなものであったとしても、それは、競業避止義務についての定めがない場合には、不当な競業行為には該当せず、損害賠償請求等は認められないということです。
上記最高裁判例は、高裁の判断基準を肯定したにとどまり、明示的に退職後の競業行為についての判断基準を示したわけではありませんが、近時の裁判例も同様の判断基準によって判断をしています(東京地判令和4年3月24日、東京地判令和3年2月17日等)。
退職後の競業避止義務について定めがない場合における、競業行為についての損害賠償請求ですが、容易には認められるものではありません。
したがって、従業員等が退職した後における、同種の事業を行うことや、引き抜き行為については、一定程度については受け入れざるを得ない部分があります。
なお、競業行為が不正競争防止法に違反するような行為であれば、退職後であったとしても、損害賠償義務や刑事罰等を負う可能性があります。